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東京地方裁判所 昭和33年(行)141号 判決

原告 株式会社昭和羅紗店破産管財人 松本乃武雄

被告 神田税務署長

訴訟代理人 堀内恒雄 外三名

主文

被告が昭和三三年四月二二日原告の管理する別紙第一目録記載の債権及び同月二八日原告の管理する別紙第二目録記載の債権に対してした各差押処分はこれを取り消す。

原告が被告に対し金二七万九、五七六円及びこれに対する昭和三三年五月八日から支払ずみまで年五分の金員の支払を求める訴はこれを却下する。

訴訟費用はこれを二分しその一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

(双方の申立)

原告は、「被告が昭和三三年四月二二日原告の管理する別紙第一目録記載の債権及び同月二八日原告の管理する別紙第二目録記載の債権に対してした各差押処分の無効なることを確認する。被告は原告に対し、金二七九、五七六円及びこれに対する昭和三三年五月八日より右支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに右金員支払の部分につき仮執行の宣言を求め、被告は、主文第二項同旨及び主文第一項の請求については請求棄却の判決並びに予備的に主文第二項の請求についても請求棄却の判決を求めた。

(原告の主張)

一、訴外株式会社昭和羅紗店(以下「破産会社」という)は、昭和三〇年七月一二日午前一〇時東京地方裁判所において破産の宣告を受け、原告がその破産管財人に選任せられた。しかして原告は、右の地位に基いて右破産財団に属する別紙第一及び第二目録記載の各債権を管理している。

二、被告は、右破産会社に対して有していた国税(法人税及び源泉所得税計金二、六六二、八五九円)債権の滞納処分として、請求の趣旨一項記載の如く、原告の管理する別紙目録記載の各債権を差し押さえた。

三、しかし、右各差押処分はいずれも無効である。すなわち、破産会社の有していた別紙目録記載の各債権は、いずれも当時破産財団を構成しており(破産法六条)、その管理処分権は破産管財人たる原告に専属するところである(同法七条)。したがつて、原告の右専権を侵害しこれを否定し去る被告の本件差押処分は、重大且つ明白なかしを有する処分として絶対無効たるを免れない。よつて、その確認を求める。

四、更に被告は、右差押処分の絶対無効にして被告が別紙目録記載の被差押債権を行使し得ないことを知りながら又は過失によつてこれを知らずして、昭和三三年五月六日、右被差押債権のうち別紙第二目録記載の債権を行使して東京地方貯金局よりその全額の払戻を受け、同日これを前記破産会社の滞納税金の一部等に充当し、よつて原告に対し右債権額と同額の損害をこうむらせた。そこで、被告に対し、右損害金二七九、五七六円及びこれに対する右税金に充当した日の後である同月八日より右支払ずみに至るまで民事法定利率たる年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

五、なお、原告は昭和三三年五月七日右差押につき被告に対し再調査の請求をしたところ、被告はこれを審査請求として取りあつかうことにつき原告の同意を求めて来たので、原告は同年六月一三日これに同意したが、その時から三カ月を過ぎてもなんらの決定もないのである。

(被告の抗弁及び答弁)

一、原告が被告に対して金員の支払を求める部分については、行政庁たる被告は当事者適格を有しない。ゆえに、右訴は不適法として却下さるべきである。

二、本案についての答弁は次のとおりである。原告主張一の事実は、別紙第一目録記載の債権額の合計が金二、六六七、三五二円であるべき点をのぞき、すべて認める。同二の事実は、滞納税金額の合計が金二、六六二、八七三円であるべき点をのぞきすべて認める。同三の主張は争う、同四の事実については、被告が原告主張の日に別紙第二目録記載の債権の払戻を受けてこれを滞納税金等に充当した事実は認めるが、その余の事実は否認する。同五の事実中再調査請求の日は昭和三二年五月八日、受付の日が五月九日であるほかは全部認める。

三、本件の主要争点は、原告主張三の点、すなわち、破産財団に対してあらたに滞納処分による差押を為し得るかどうかの点であるが、この点に関する被告の主張は、次のとおりである。すなわち、一般に、財団債権が破産財団に対して強制執行をし得るものと解するのが相当である以上(破産法四九条、五〇条等参照)、同じく財団債権である国税債権についても(同法四七条二号)、右と同じく破産財団に対して滞納処分をし得るものと解するのが相当であるというにある。

原告は、この点に関し、右は破産管財人の専権を侵害ないし否定するものというが、破産財団の管理処分権が破産管財人に専属するというのは、破産者は右のような権利を行使し得ないということを意味するにとどまり、破産財団に対してあらたに滞納処分の行われることを否定する論拠とならない。なお、一部の学説・判例等は、原告とその結論を一にし、その理由として、(一)滞納処分執行者も破産管財人も共に公の機関であるから、その間に滞納処分の如き強制的措置の行われることは妥当でない。(二)国税徴収法施行規則二九条は右の結論を前提としている。(三)破産法七一条一項の反対解釈からも右の結論を支持できる。(四)被告のいうように破産宣告後滞納処分に着手することを許すと、破産法五一条の割合弁済の原則及び同法二八六条の制限を破ることとなる等の理由を挙げ、もし収税官吏が破産管財人から任意に国税等の支払を受けることができないときは、宜しく破産裁判所に対しその監督権の発動をうながして救済を求めるべきであるというが、以上のいずれもが理由なく失当であることは明らかである。即ち

(一)  破産管財人の法律上の地位を国家機関とみない立場に立ては破産宣告後の滞納処分が公の機関に対して行われることにはならないから滞納処分の相手が破産管財人となることをもつて破産宣告後の滞納処分を否定する論拠とする余地はない。また、かりに破産管財人を国家機関とみても、そのことは破産宣告後の滞納処分を肯定することの妨げにはならない。すなわち、破産管財人の地位について、後者の立場をとる者も、財団債権一般について、破産管財人がその債権の成立を争い弁済しないときは、財団債権者は、破産管財人に対し訴を提起できるものとされるのであるが、そうである以上その訴訟の目的とされた同一の請求権の実現手続について、破産管財人が相手方となれないはずはないし、また、訴の提起をもつて債権の存在を確定する必要のない国税債権の実現手続として滞納処分についてのみ右の例外を認めなければならない理由はないからである。殊に破産法は、別除権の行使が破産手続によらないで行われることを認め(同法九五条)、別除権者が破産管財人を相手方として、競売法による競売手続等をとりうることを当然のこととしているのであるから、財団債権者の個別執行についてのみ、破産管財人の法的地位を強調して、これを否定することは、いささか根拠に乏しいものといわなければならない。

(二)  国税徴収法施行規則二九条は、納税人が破産宣告をうけたときは、収税官吏において、破産管財人に対し滞納税金等の交付を要求すべきことを規定しているが、元来、交付要求の制度は滞納処分を行わなくても、租税債権の満足をうけることができるとされる場合に、簡便に債権の満足をうける手段として認められたものであつて、滞納処分に代る制度ではないから、交付要求をしたからといつて、滞納処分が全くできないとされるいわれはない。もし、滞納処分を禁じ、交付要求のみにとゞめようとすれば、例えば、企業担保法二八条のような特別の規定を要するものと解するのが相当である。ところが、破産法はもとより国税徴収法、同法施行規則のいずれにおいても、交付要求をした後における滞納処分を禁じた規定は全然存しない。

したがつて、国税徴収法施行規則二九条の存在は、別段破産宣告後の滞納処分を否定する論拠にはならないものという外はない。

(三)  破産法七一条一項は、滞納処分のできる債権を同法四七条二号により財団債権としたため設けられた規定であるが、かかる債権も財団債権である以上、破産宣告後も滞納処分を続行できることは当然のことであり、このことは、破産債権についての強制執行が破産宣告によつて失効することを規定した破産法七〇条一項の反面解釈上も明らかであつて、この点からのみ考えれば同法七一条一項は当然のことを注意的に規定したものに過ぎないということができる。ただ、破産法は、他の財団債権について、同項と同旨の規定を設けていないので、何故に滞納処分についてのみ破産宣告後これを続行できることを規定したかの点について疑問が生ずるが、これは、滞納処分のできる債権を除く他の財団債権が、原則として破産宣告後に生じた債権であること、及び破産宣告前に生じた債権で、しかも財団債権とされるものであつても、破産宣告前から強制執行が行われていることを予想される債権がないことによるものということができよう。それにしても、滞納処分についてのみ、破産法七一条一項のような規定がおかれているところから、一応この規定の反面解釈が成り立つかのようであるが、破産宣告によつて、破産財団の管理及び処分権限が破産管財人に専属し(破産法七条)、破産者がこれらの権限を失うことに想到すれば、破産法七一条一項は、破産宣告後もなお滞納処分の相手方を破産管財人に変更することなく、従前通り破産者を相手方として滞納処分を続行できるとしたことに特に規定をおいた意味があるものとみるべきであろう。

したがつて、破産法七一条一項の反面解釈が成立つ余地はないものといわなければならない。

(四)  破産法五一条は、破産財団が僅少で、財団債権すら完全に弁済できない場合に、未弁済債権額の割合に従つて平等に弁済すべきことを規定しているが、この平等弁済は、財団債権の未払部分についてのみ行われるのであつて、既払部分にまでさかのぼるわけではないし、一方破産管財人は、財団不足のことを自覚するまでは、破産財団額を顧慮せずに順次支払つてよいのであるから、同条の存在は、財団債権者に個別執行を許すことの妨げになるものではない。もし、財団債権者が、個別執行できず、破産管財人からの支払をまつ外ないとすれば、破産管財人の支払方法の如何によつては、全額弁済をうける債権者と平等弁済をうけるにとどまる債権者が生ずることもあり、その場合、両者の間に著しい不公平をもたらすことになる。殊に、財団債権者への支払順序が、財団債権者の請求の順序でなく、全面的に破産管財人に委ねられていることから、なおさら右のような不公平な結果が生ずることを是認することができないのである。

ところで、財団債権者に個別執行を許すときは、債権者以外の者の意思によつて不公平な結果が招来されないばかりか、破産管財人の支払に全国的に依存する場合よりもかえつて割合平等の原則が貫かれることになる。何故なら、滞納処分以外の民事訴訟法、競売法等に基く執行においては、配当金が各債権者の債権金額を満足させるに足りないときは、権利の優先順位に応じ同順位の時は金額に応じて平等にそれぞれ配当されることになつているし、また、国税債権等に基く滞納処分にあつても、これらの債権は、これに優先する債権(例えば、破産手続上の費用―国税徴収法二条六項)より先んじて徴収しないこととされており、しかも、これらの執行においては、配当に異議ある債権者に対し法律上の救済をうけられる途を開いているからである。

(五)  破産法二八六条は、配当率または配当額の通知発送前破産管財人に知れない財団債権者は、配当すべき金から弁済をうけることができない旨規定しているから、かかる財団債権者に対する関係では、配当すべき金は、執行の対象物とはならない。これは、あたかも、相続人が限定承認した場合に、被相続人の債権者に対する関係で、相続人固有の財産が執行の対象物とならないのと同様である。したがつて、同条の存在は、財団債権(租税債権を含めて)について破産宣告後の個別執行を許されないとすることの論拠にはならない。しかも、実際問題として、国税債権につき、破産宣告後は滞納処分を許さないとの態度をとるときは、破産管財人の態度一つにより、公益上優先さるべき国税債権が、或いは他の財団債権よりも劣後となり、或いはついに消滅時効の完成によつて消滅するというが如き不合理な結果を招くこととなるのであつて、これを要するに、破産財団に対してはあらたに滞納処分は行い得ないとする考え方は謬論というべきものである。

(被告の答弁に対する原告の反論)

破産財団に対してあらたに滞納処分を行い得るかどうかに関し、被告のいうところはすべて争う。これに対する原告の反論は次のとおりである。

一、破産法四九条は、破産管財人が破産手続によらないで弁済することが出きる旨を定めたに止まり、財団債権者が破産管財人に対し弁済を求めることができるとしたのではない。或る債権が財団債権なるや否やに付債権者と破産管財人との間に争がある場合、債権者は破産管財人に対し財団債権存在の確認を求める訴は提起できるが、給付の訴を提起することは出きない。何故ならば、給付請求は当然に強制執行の可能を前提とするが、債務者でない破産管財人に対し強制執行をなすことは出きないからである。

破産管財人の法律的地位をいかに解釈しても、破産管財人が破産債権者又は財団債権に対する債務者でないことは総ての学説の一致するところである。破産管財人が破産者の法定代理人であるという説を採つても、債務を負担する者は法定代理人である破産管財人ではなく、本人である破産者であること明白である。国税債権に付ても然るのであつて、破産管財人は納税義務者でないから、これに対して滞納処分をなすことは出きないのである。

二、滞納処分は国税債権の実現手段たることに於て、強制執行と同じである。ただ強制執行には一定の債務名義の存在を必要とするが滞納処分ではこれを要しないとの差異はあるが、これによつて実現しようとする権利に対応する義務を負担する者に対してなされなければならないことは両者同じである。

更に強制執行は債務者が処分権を有する物に対してなされなければならない。債務者が賃借している物に強制執行を許さないのは、債務者が賃借物の管理権を有するだけで処分権を有しないからである。債務者の破産宣告により強制執行がその効力を失うのは強制執行の目的物の処分権が破産管財人に移転するからである。この強制執行の目的物に関する要件も滞納処分に適用される。(国税徴収法一四条)

破産法七一条一項は破産宣告前滞納処分が開始されている物の処分権は破産宣告によつて破産管財人に移転しないという特例を設けるがための規定である。然らざる破産者の財産の処分権は破産宣告によつて破産管財人に移転するから、破産者を相手方とする滞納処分は不可能となり、他方において破産管財人は破産者の納税義務を承継しないから、破産管財人を相手方とする滞納処分も不可能となるのである。

三、別除権とは或る特定の財産を換価してこれから優先的に債権の弁済を受ける権利である。別除権行使の相手方が破産管財人であることと、破産手続によらずして行使されることとをもつて財団債権個別行使の可能性の論拠とするのは不当である。別除権の内容の一つである換価をなすには相手方にその物の処分権あることを要するが故に、相手方を破産者でなく破産管財人としたのである。又破産手続はあくまでもいわゆる一般債権者を相手とし、その平等弁済を目的とする手続であつて、別除権者の如き特別の権利を有する者に破産手続を及ぼす必要がないから、破産手続によらないとしたのである。それ故に換価と優先弁済とを内容としない留置権を別除権としない。(九三条)

更に一般の先取特権は債務者の総財産に対する統一的強制執行という破産手続の本質に衝突するが故に、これを別除権としないのである。国税債権は納税者の総財産につき換価優先弁済の権能を有する点に於て一般先取特権に酷似し更にそれより強力である。すなわち国税債権は破産手続に矛盾対立することは一般先取特権より顕著である。破産法九二条が一般先取特権を別除権としなかつたのは、とりも直さず、国税債権の滞納処分を禁ずる明白な宣言なのである。

四、被告指定代理人は交付要求をしたからと云つて滞納処分ができないということはないと云う。然し破産手続以外において交付要求がなされるのは、或る財産に対し既に民事訴訟法競売法等による強制執行又は競売手続が開始されている場合である。かゝる場合滞納処分ができないのは明かである。何故ならば、その財産に対し既に執行裁判所又は執行吏によつて差押えられているからである。不動産の強制執行に付ての民事訴訟法六四五条動産のそれに付ての五八六条は執行機関に対してのみならず、税務官吏に対しても効力を有するのである。依て交付要求の制度は滞納処分による差押が不可能の場合に認められた制度である。国税徴収法施行規則二九条は破産管財人に対する滞納処分が(納税義務を破産管財人が負わないとの理由により)不可能であるから設けられた規定である。

五、被告指定代理人はことの本質に想到することなく、法の文言を都合よく解してその理論を進めているが、その弊は破産法七一条一項の解釈論に至つて最も甚しい。

破産法四七条二号は滞納処分のできる債権を財団債権としたのでなく、国税債権を財団債権としたに止まる。その財団債権が滞納処分をなしうるかどうかには関知しないのである。従て七一条一項は当然のことを規定したのでなく、七〇条一項の除外例を設けたのである。依て破産宣告前に滞納処分が開始していなければ、破産宣告後には滞納処分はできないという反面解釈は充分に成り立つたのである。

六、最後に、被告が破産法五一条、二八六条について述べるところ及び被告が実際問題として挙げるところのものは、破産管財人の恣意により国税債権が優先弁済を受けられない惧があるから、滞納処分を認めねばならないというに帰する。然しそのような危惧は国税債権に限つたものでなく、破産債権者も公平な弁済を受けられないかも知れない危惧はあるのである。

理由

一、本件訴のうち、原告が被告に対し金員の支払を求める部分については、行政庁たる被告が当事者適格を有しないことは明らかである。そこで右訴は不適法な訴として却下を免れない。

二、原告主張一及び二の事実は、原告の管理する別紙第一目録記載の債権の合計額及び本件滞納処分の基礎となつた国税債権の額の点をのぞき当事者間に争がない。

三、原告は被告のした本件差押処分の効力を争つている。その争点は一にかかつて、国税の滞納による滞納処分(差押処分)は当該滞納者が破産宣告を受けた後あらたにその破産財団に対して為し得るかという点に存しているので、以下この点を検討する。

この点について当裁判所は破産宣告後はあらたに国税滞納処分による差押処分をすることはできないものと解する(東京地方裁判所昭和三四年三月二五日言渡判決参照)。その理由は次のとおりである。

破産宣告前の原因にもとずく債権は一般に破産債権として破産手続によつてのみ弁済を受けるべきものであり、破産債権者はその一般的執行手続としての破産のほか、個別的強制執行をすることができず、破産財団に属する財産に対してなされた強制執行は財団に対しその効力を失う(破産法一五条、一六条、第七〇条)。

一方破産法は一定の債権についてはとくにこれを財団債権とし、破産手続によらずして破産財団よりまずこれが弁済を受けるべきものと定めている(同法四七条、四九条、五〇条)。これらの債権の多くは破産債権者の共同の利益のためにする裁判上の費用等いわゆる共益的性質を有するものであるが故に、破産債権に先き立つ優先的な地位を与えるとともに破産手続における配当が事実上相当の時間を要するので財団より随時弁済すべきこととしているのであるが、これら財団債権によつて破産財団につき強制執行をなし得べきかどうかについては破産法上直接の明文はない。

租税債権等国税徴収法又は国税徴収の例により徴収し得べき債権もまた、わが破産法上は財団債権の一としてあつかわれるが(同法四七条二号)、他の財団債権に比してその共益的性質はうすいのみでなく、むしろその破産宣告前の原因にもとずくものは本質的には破産債権に属すべきものであるけれども、これら租税債権のもつ高度の公益的性格にかんがみ、たんにそれが本来もつ優先的効力によつて破産債権に先き立つことをもつて満足せず、他の財団債権よりもおくれることなく、かつ配当手続の事実上の遅延にわずらわされないとの配慮にもとずく立法政策に出るものと解される。

租税債権が破産法上財団債権たることの趣旨がこのようなものである以上、破産宣告後における租税債権の満足は、右の趣旨を害しない限度において、しからざる場合に比し制度上おのずから一定の制約を受けることもまたやむなしとしないのである。

しかるに破産法上財団債権について破産財団に対し直接強制執行をし得る旨の規定がないことは前記のとおりであるほか、とくに租税債権について破産財団に対し滞納処分をし得る旨の規定もまた破産法にも国税徴収法にも全く存しないところである。

一般にある財産に対してすでに強制執行がなされているときはこれに対して租税債権による滞納処分は、「滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律」の許容する限度で可能であるが、それでも同一財産に対し、二重に強制換価の手続を行うことはいたずらに手続を錯雑させて無益であることから、両者を同時に競合進行せしめることはないのであり、後に行う滞納処分はもつぱら先きになされた強制執行手続の消滅したときに実効を得しめるがためのものに過ぎず、それ以外はすでに強制執行のなされたときは租税債権は国税徴収法施行規則二九条のいわゆる交付要求をするに止まるのである。破産がいわゆる一般的執行手続たることに着目すれば、すでにこの手続がはじめられた後に、その所属の財産に対し重ねて強制換価の手続をすることが、いたずらに鎖雑無益であることは個別的強制執行の場合となんら異なることはない。

破産法七一条は破産宣告当時破産財団に属する財産に対しすでに滞納処分をしているときは破産宣告はその処分の続行を妨げないと規定しているところからすれば、その反面破産宣告後はあらたに破産財団に属する財産に対しては滞納処分をなし得ないことを示すものと解し得る。

また破産法五一条によれば、破産財団が財団債権の総額を弁済するに足りないときは法令の定める優先権にかかわらず、財団債権相互の間に債権額に応じた按分弁済が行われることとなるのみでなく、租税債権の優先的地位も絶対的なものでなく、国税徴収法二条六項によれば手続の共益費用に対しては優先しないことが明らかである。

さらに破産法二八六条は配当率又は配当額の通知を発する前破産管財人に知れない財団債権者は各配当において配当すべき金額をもつて弁済を受け得ないことを規定しているから、財団債権たる租税債権は必らずあらかじめ破産管財人に対し交付要求をしておかなければ、後に任意の時期に請求し得るものでないことがうかがわれる。

一方国税徴収法四条ノ一は、納税人が強制執行、競売法による競売、破産宣告等を受けたときは国税の繰上徴収ができることを規定し、同法施行規則二九条はかかる場合においては収税官吏は執行裁判所、執行吏、破産管財人等に滞納処分費及び滞納税金の交付を要求すべき旨規定して、この方法により徴収すべきものなることを定めており、なお同法一〇条二号は右の繰上徴収をする場合に、他に差押えるべき財産があるときはそれに対し差押をし得ることを規定するが、とくに破産宣告の場合を除外し、納税人が破産宣告を受けた場合はその有する一切の財産は破産財団となるので、他に差押えるべき財産はないものとして破産管財人に対する前記交付要求のみによつて徴税の目的を達せしめることとしている。

以上の次第であつて、租税債権が破産法上財団債権たることの意義と、前記破産法、国税徴収法等実定法上の諸規定の趣旨をあわせ考えるときは、納税人が破産宣告を受けた後は法は租税債権につき破産財団に属する財産に対しては、破産者を相手方とするにせよ、破産管財人を相手方とするにせよ、あらたな滞納処分をなすことを許さず、もつぱら破産管財人に対する交付要求によつてその目的を達せしめることを命じているものと解するのを相当とする(なお実務上も、破産財団に属する財産については滞納処分による差押及びその登記をすることができないとされている。昭和三二年八月八日民事甲第一四三一号法務省民事局長通達参照)。

被告はもし破産宣告後は滞納処分を許さないとすれば破産管財人の態度いかんにより不当に不利益におちいり、あるいは消滅時効にかかるおそれもある旨主張するが、このよう場合は破産裁判所の監督権の発動をうながし、その適切な運用に期待すれば足るのであり、それをもつてもなおかつ目的を達し得ないとするのは採用しがたい。消滅時効の点については法律上その中断手段に欠けるところなく(会計法三二条、国税徴収法六条、同九条一二項)、前記交付要求もまたその実質破産手続参加と同視すべきものとして時効中断の効力あることは疑をいれない。むしろ被告の主張するように破産財団に対し常に滞納処分を許すべきものとするときは、現実において勢いのおもむくところ破産管財人の努力を阻害し、その活発な活動を期待し得ざらしめ、ひいては破産制度の正常な運営をも害するにいたるおそれなしとしないのである。

四、しからば被告がした本件各差押処分は違法といわなければならない。しかし破産宣告後にあらたに滞納処分をなし得るかどうかは説の分れること前記のとおりであつて、その違法たることはまだ必ずしも明白なものとはいい得ないから、右差押処分をもつて当然無効とするのは相当でない。しかし本件についてはさきに原告は法定の期間内に再調査の請求をし、当事者合意の上これを審査の請求としたところ、それについては法定の期間内になんらの決定もなされなかつたことは当事者間に争なく、その後法定の期間内に本訴が提起されたことは記録上明らかであるから本訴は右各処分に対する抗告訴訟としての要件をみたしているものであり、原告は右処分の取消をも求める趣旨であると認め得るから、被告のした本件各差押処分はこれを取り消すべきものとする。

五、よつて原告の本訴請求を右の限度で理由あるものとして認容し、その余の金員の支払を求める部分については不適法として訴を却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小谷卓男)

(別紙目録省略)

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